カミーノ・デ・サンティアゴ☆星の巡礼~ My Camino

サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの800キロ。そして、フィニステーラへ。カミーノ巡礼(2013年8月29日~10月19日)の記録と、役立った巡礼情報を綴っています。

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今日の一枚♪

こちらは、カミーノの道で販売していた、カミーノのオラクルカード。何度かお店で見かけて手をださずにいたのですが、箱に星の巡礼のパウロさんの写真が載っていたこともあり気になり、アスガルトのお店で購入!

タロットのように何枚ものカードがセットになっていて、1枚1枚にメッセージが書かれています。使い方はいたってシンプル、カードをシャッフルして充分混ざったかなーと思ったところでストップ。カードを机に扇形にしてもいいですし、山積みにしてもOK。何か聞きたいことや、今日のカードは?という風に質問を立て、自由に1枚ひきます。

すると、そのカードにメッセージが・・・。

さてさて、今日の一枚は・・・

Your body is your garden,your will the gardener.

うわぁ~、カミーノから帰ってきて、食欲の秋。日本での食事が美味しくて食べ過ぎているわたし。しかも運動量少なし・・・。

カミーノではなんと!7.5キロも痩せたんですo(^o^)o 綺麗な水分、日々の運動の汗、シンプルな食べ物で体がデトックスされたはずなのに、気をつけます!

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巡礼 ~ EI Camino

カミーノの巡礼とは・・・
カミーノにある教会でいただいた資料より。素敵な言葉ですのでシェアさせていただきます。
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この旅路はあなたを巡礼者にします。

なぜならサンチャゴヘの道はただたどり着くためだけの道でもなければ、何かご褒美をもらうためにやってみることもないからです。

サンチャゴヘの巡礼の旅はひとつの「たとえ話」であり、ひとつの現実なのです。この巡礼があなたに何かを語りかけることを許すならば、またあなたがこの巡礼によって変えられようとするならば、そしてあなたが真の巡礼者となるならば、それは特定の時間の内と外とて段階ごとに、また一生をかけて歩く道だからです。

巡礼はあなたをより単純にしてくれます。それはリュックがより軽くければ、背中の緊張はより少なくなるし、生きるためにどれだけわずかなものが必要かを体験するからです。

巡礼はあなたを兄弟・姉妹にしてくれます。あなたの持っているものは何であれ他の人と分かち合う準備ができていなくてはなりません。というのは、たとえあなたが一人でこの巡礼を始めても途中で仲間に出会うからです。

巡礼はコミュニティを生み出します。他者を受け入れるコミュニティを。他の人がどう旅路を歩いているかに興味を持つコミュニティを。お互いに与え、受けるコミュニティを。

巡礼はあなたに要求をします。どんなに疲れていても、足にまめができていようとも夜明け前に起きて、暁の中を歩かなくてはなりません。歩き続けるための少しの休息だけしかとれないでしょう。

巡礼はあなたを観想へ、驚きへ、歓迎へ、内省へ、立ち止まることへ、沈黙へ、聴くことへ、感嘆へ、祝福へと招きます。

また、自然へ、旅路の仲間へ、私たち自身へ、そして神へと。

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旅に出るときの祈り

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いつくしみ深い父よ、
今から出かける私を祝福ください。

私が思いがけない病気や事故に遭って
周りの人に迷惑をかけることのないように、
これから出会う全ての人々に感謝と心と、
暖かい心遣いで接する事が出来ますように、
助けてください。

守護の天使に導き支えられ、
無事に旅を終えて、全ての出会いと出来事に
於いてあなたの愛を見出す事が出来ますように。

私たちの主イエス・キリストのお名前により
お願いいたします。

アーメン

『クレデンシャルより』


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力を与える、サンティアゴへの道

サンジャン・ピエ・ド・ポーから2013年8月30日に巡礼をスタートして、10月3日にサンティアゴコンポステーラに無事到着しました!

ガイドブックには余裕をもって40日ほどとありますがたいていはもっと早く着けるようで、私は35日。それでもゆっくりなペースで、大きめな街では度々、休養と観光を兼ねてもう1泊していたから、ストイックにもっと早く進もうとしたら短縮できました。(体と気力がついてくればですが・・・)

やはり歩くスピードは人によって違います。誰かと会ったかと思うと、スピードが違ってもうまったく出会わなかったり。かと思えば、スピードが似ていて何度も出会うことになったり。一人一人、個々のスピードで歩くのがいいのであって、逆に人に合わせようとすると自分とは異なるリズムになるのでしんどいことも。マイペースがいちばんですね。

カミーノは、どこからスタートしても自由だし、私があるいたフランス人の道(フランス~スペイン)だけでなく、複数のルートがあります。いちばん有名なのは、巡礼者が最も多いフランス人の道でしょう。何か月もかけてパリやもっと遠方から歩いて来られる方もいらっしゃいますし、サリアから最後の100キロだけを1週間ほど歩く方、何年かに分けて巡礼を完歩する方、自由になる日数に合わせて途中の区間だけ歩く方と様々。

そしてその動機も、自分を見つめるために歩く方、クリスチャンで宗教的理由から歩く方、バケーション目的で歩く方、家族と旅行気分で歩く方、友達に誘われてなんとなくという方、別に深い理由はないけど来てみたという方、次の新しい仕事まで時間がるから、または仕事を辞めて時間があるからやって来たという方。一人で、友達グループで、カップルで、夫婦で、父と娘で、父と息子で、母と娘でなどなど。

で、このサンティアゴへの道ですが、キリスト教徒の三大巡礼地の一つであります。その三つとは、ローマの聖ペトロの墓を詣でる十字架がシンボルの「ローマへの道」、エルサレムのキリストの墓を詣でるヤシの枝がシンボルの「エルサレムへの道」、そして聖サンチャゴの遺骸に詣でるほたて貝がシンボルの「サンティアゴへの道」です。

★サンチャゴへの道・・・力を与える道 (だけどそれだけでは充分でないが)
あなたの宝のある場所には、あなたの心がある。そして、あなたの心のある場所にはキリスト再来のゆりかごがあるだろう。すなわちこれは、ほたて貝と同じく、巡礼は外側の殻にすぎない。その殻が、つまり人生に殻が破れる時、本当の人生が現れる。そして、その人生はアガペから成っている。

★ローマへの道  ・・・他の世界との交信する能力を与える道

★エルサレムへの道・・・聖杯への道であり、奇蹟を行う能力を与える道

パウロ・コエーリョ氏『星の巡礼』より。


カミーノは力を与える道と言われますが、出発する前からすでにカミーノへ行ったことのある人から「かなり自信がつきますよ」とか、他の友人からも「かなり得るものがある」「潜在的な力が目覚める」等々、言ってもらっていたのですが、私はそれよりもどちらかと言えば歩けるのだろうか?と体力的な方向に意識がいっていました。巡礼を終えて、確かに力を与えるという真の意味が分かり、今ではこの経験に深~く感謝しています。

サンチャゴへ到着後、私はカミーノのゼロ地点であるフィスティーラへも歩きました。それでも帰りの便まで日数があり、ムシア →サンチャゴ →ポルトガル →パリ と周って帰国したのでした。



帰国してから、その後。

帰国してから、しばらくが経ちました。

このカミーノ巡礼を終えると、良くも悪くも物事が動くと言われますが、行かれた他の皆さんはいかがなのでしょうか? しっかり巡礼を経験して帰ると、新展開があったり、新ステージへ進むことが多々あるようです。

わたしは帰国後さっそく、良いのか悪いのか分かりませんが・・・環境に変化がありました。
カミーノへ行く前も、流れが来て状況が整いだしたので、カミーノはほんと不思議な道だなぁと思っています。もちろん、スタートは自分の「行きたい!」という想いが起点ですが、それにもまして周りも動き出してカミーノへ行ける状況へとどんどん流れて行ったのです。

準備が出きた人はカミーノへ呼ばれるそうですが・・・まさに呼ばれたのかもしれません。
※カミーノとは「道」という意味で、カミーノ巡礼 = カミーノ・デ・サンティアゴ巡礼 を指します。サンティアゴ巡礼と呼ばれることもあります。

今回の巡礼では、本好きなわたしは、パウロ・コエーリョ氏の『星の巡礼』を持っていきました。主人公の著者がカミーノを歩いた自伝的スピリチュアル小説なのですが、同じ土地を感じながらわたしも歩いてみようと思い、持参しました。

その中に、こんな一節が。

旅に出る時には、われわれは実質的に、再生するという行為を体験している。今まで体験したことのない状況に直面し、一日一日が普段よりもゆっくりと過ぎてゆく。ほとんどの場合、土地の人々がしゃべっている言葉を理解することができない。つまり、子宮から生まれてきたばかりの赤子のようなものだ。だからまわりにあるものに、普段よりもずっと大きな重要性を感じ始める。生きるためには、まわりのものに頼らねばならないからだ。困難な状況に陥った時、助けてくれるのではないかと思って、他人に近づこうとするようになる。そして、神が与えてくれるどんな小さな恵みにも、そのエピソードを一生忘れることがないほどに大感激するのだ。

同時に、すべてのものが目新しいために、そのものの美しさしか見ず、生きていることを幸せに感じる。だから宗教的な巡礼は常に悟りを得るための最も実際的な方法の一つとされているのだ。小さな罪というPeccadilloペカディジョという言葉は、道を歩いていくことのできない傷ついた足という意味をもつPecus追ぺカスとう言葉からきている。ペカディジョを正すための唯一の方法は、前へ歩き続け、新しい状況に適応し、その代償として、求める者に対して人生が豊かに与えてくれる何千何万という修復のすべてを受け取ることなのだ。


カミーノでは、現地スペイン人、フランス、ドイツ、イタリア、オーストリア、イングランド、イギリス等のヨーロッパの人々、アメリカ、カナダの欧米の人々が中心です。

わたしは英語が少しできますが、スペイン語はほぼ分かりませんでした。巡礼者同士では、たいてい英語でコミュニケ―ションをとれたものの(もちろん英語ができない巡礼者もいらっしゃいました)、お店や宿の地元スペイン人の多くが英語をしゃべれずスペイン語オンリーだったり・・・

ジェスチャーをふまえたりしてなんとか意思疎通できるのですが、時には言葉が理解できない赤ちゃんのような立場になることも。表情もコミュニケ―ションツールの一つになるので、おのずと笑顔で対話。ある巡礼者は、「普段よりニコニコしてしまうよ~」と話しいました。

そして、現地の余計な情報を知らないので物事を捉えるのがシンプル。新しい環境が新鮮で、良い面をみているのでちょっとしたことが面白かったり・・・楽しかったり・・・すぐ感激したり・・・有難さを感じたり・・・。感情が豊かになり、気づきが起こりやすい感覚。

そういった意味では、まさに赤ちゃんになって現世を生きる、うまれかわりの旅でした。

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